70 初めての演習 其の壱拾七
 「なにか手伝う事はありませんか?」と江藤。

 「いいから休んどけ♪」と上官。  なんとも素敵な上下関係。


 「本多ぁっ! これやっとけ!」と上官。

 「はい(T。T)」と僕。  なんともツライ上下関係。


 目の前には泥だらけになった幹部の64式自動小銃が積まれている。  全部分解して綺麗に掃除して油を塗って組み立てなければなりません。  小銃を肩に掛けるベルトは洗剤で洗って乾かしてから装着します。  山のような片づけがあるのに、幹部の小銃をそのままにして機関銃の手入れも手伝わなければなりません。  
 「馬鹿になろう。」  「僕は奴隷なんだ。」  そう自分に言い聞かせて手を動かし続けました。


 要領のイイ陸曹クラスは既に自分の装備品を片付け始めています。  洗濯機の前には要領のイイ順に洗濯籠が並んでいます。  僕が自分の片付けを始められるのは、いったい何時なんだろう?


 重たい機関銃を綺麗にして格納。  落ち着いて幹部の小銃を手入れしてる横から「本多ぁ! 飯ごうを片付けるのを手伝え!」  「麦稈(『ばっかん』御飯やおかずを入れて運ぶ箱)洗うの手伝え!」と…  炊事班から命令を受ける。  僕は射撃小隊だぞーっ!  どうして違う班の手伝いまでしなきゃいかんの!?


 本当に馬鹿になりそう。  二等陸士なんて最低の階級。  『二等陸士』じゃなくて『奴隷』と呼べばイイのに。


 油だらけの手で小銃を手入れしたまま、麦稈を洗ってやった!  中隊全員が次の演習の時に腹痛起こせばいいや♪  いや、待てよ…  その御飯を僕も食べるのか?


 一通り片付けて再び幹部の小銃の手入れを始めた時には、ほとんどの隊員がジャージとTシャツ姿に変身していた。  「早く歯を磨きたい」  「着替えたい」  それなのにヤル事だらけ。
 ストレスは蓄積されるばかりです。  
 隊舎の中で空砲をぶっ放したい気分。  だけど…  るるるる…  るるる〜るる〜るるる〜。  そんな事したら現状以上に大変な事になる。  「馬鹿だ! 奴隷だ!」と一人でぶつぶつ言いながら小銃の片づけを終わらせました。


 たぶんこの2日間で10kgは痩せたんじゃないかな?
幹部の小銃と自分の小銃を武器庫に格納して任務終了!  かと思ったら、小銃を格納した姿を見たのか…幹部の一人が幹部室に手招きした。


 「本多ぁ。  お疲れさん。  初めての演習で大変だったと思うけど…  まぁ… やってしまった事はどうにもならんから、それなりの処分は覚悟しといてくれよな。」


 (@。@)処分??


 (^0^)そう言えば僕、辞表を書いて提出するんだった♪


 (ぶち切れた強気の言い方で)「なんにも知らないくせに処分ですか? 処分されるくらいなら自分から辞めますよ。」  たぶんこれが、やや遅い第二次反抗期の始まりだったと思う。
そう言って挨拶無しで幹部室を出たら即行で辞表を書いた。  同じ部屋の人達は既に晩飯食べて風呂も済ませてテレビを見ている時間。  一人だけ泥だらけの戦闘服姿。  未だに顔は真っ黒。  殺気溢れる勢いでA4サイズの紙に「くそったれ! 本多二士。」とだけ殴るように書いて文通で使っていた便箋に入れた。  入れたまでは良かったけど、辞表の『辞』が漢字で書けなかったので、便箋には何も書かずに中隊長の机の上に置いて風呂に行きました。


 いや〜3日ぶりの風呂の気持ち良かった事♪  明日には辞める手続きして明後日には依願退職♪  身も心もさっぱり爽快♪  2mmぐらい分厚くなった歯を早く磨きたかったので、いつも風呂から出たら飲む牛乳を今夜は飲まずに急いで部屋に戻りました。


 自分のベットにさり気なく置いてあったモノ。  それは自衛隊に入るまで務めていたバイト先で手紙をくれると約束した女性からの手紙だった。
 そう言えば演習に行く少し前に手紙送ったわ。  返事早っ!!  (携帯メールみたいに数分以内に返事が届くのが当たり前ではない時代…  手紙の返事なんて5日後ぐらいからしか当てに出来なかった時代だった。)


 「演習お疲れさま。」  その一行を読んだだけで涙で続きが読めなかったのを今でも覚えています。

 今となってはその続きは覚えてないけど…  もの凄いパワーをもらった気がした。  「ょうーっしゃあ!頑張るぞ! 負けへんぞ!」と再びヤル気復活。  このまま辞めたら負け犬だ!  いつか見返してやるぞ!!


 「本多ぁ、コーヒーくれ!」  「本多ぁ煙缶(灰皿)片付けろ!」  「本多ぁ電気消せ!」  仕事が終わっても部屋では奴隷です。  でも、たった1枚の手紙のおかげで笑顔で頑張れる18歳。  ナイスなタイミングで届いた手紙だった。  寝るまで何度も何度も読み直してバリバリに充電できた!!


 翌朝…  気持ちよく目覚めて一日が始まりました。  点呼整列も笑顔です♪
疲れ?  そんなの残るワケないじゃん♪  18歳だよ!!  18!!


 朝飯は久しぶりに食堂です。  寝ていて食堂に行きたがらない班長の為に早く並んで菓子パンをゲットするのも忘れません♪  掃除洗濯洗面も素早くこなしながらも、ポケットに入れた手紙を読み直して笑顔(^0^)  廊下で擦れ違う隊員にも笑顔で「おはようございます!」と挨拶。  江藤?  くだらねぇーぜ!!


 午前8時の朝礼も元気いっぱいに整列♪  国旗掲揚も凛々しく敬礼♪  駐屯地指令(一等陸佐)の挨拶が終わった後は各中隊ごとの朝礼となります。

 元気いっぱいな僕と目が合った中隊長が「本多二士!」と呼びつけた。

 「はい!!本多二士!!」と休めの姿勢から、気をつけの姿勢。  「演習お疲れさん! よく頑張ったな!」とでもお褒めの言葉を頂けるのかなぁ(^-^)♪

 中隊長は僕の目の前まで来て…  「『くそったれ!』とはどういう事かな?」と…  便箋の中から1枚の紙を取り出した。

(T。T) by606