66 初めての演習 其の壱拾参
 人を傷をつけてしまい…  中隊の隊員を一人減らし…  まるで仲間割れをして同士討ち。
これが不思議なもので、もし殴った相手が自分よりも下の階級だったら『仕方ない』で済んでいたのかも知れない。  逆に自分よりも上の階級の隊員を殴っていたら下克上そのもの!  こういう場合は必ず報復を受ける事になるのが自衛隊。

 殴った相手は同期生。  微妙な位置だ。
階級の上下に問題はあるけど、それ以上に問題なのは『犯行現場』でした。  
 駐屯地の片隅で極秘に喧嘩したのなら『仕方ない』と笑って済んでいたはず。  『現場』は演習場!  しかも検閲中!  中隊長の耳には間違いなく届く。  って言うか…見ていたかも知れない。  下手すれば陸将補も見ていたかも知れない。

 『喧嘩』=『検閲不可』という事態が起きうる可能性があるなんて、まだ知らなかった二等兵。


 演習最後の夜は地獄だった。

 昼間みたいに敵の戦闘機は飛んで来ないけど…  夜間のゲリラ戦を想定した演習に突入する。
心身共にボロボロの状態でゲリラなんかと戦えるワケがない。  どうせ帰ったら中隊のド真ん中で四面楚歌。  ゲリラに撃ち殺されたほうが楽なのに…  銃火器類はリアルだけど中身は空っぽ。  それが演習。


 真っ暗になったら歩哨(見張り)につくように命じられた。  「本多2士は2200(午後10時)から0200(午前2時)まで第3ポスト。 定時連絡(1時間おきに電話する)を忘れるな。」  そう言われて場所を地図で案内された。  午後10時までは仮眠が許されたので、テントの片隅で丸くなって寝ました。


 そして午後9時半。  肩を叩かれて目を覚ます。  恐ろしいほどよく寝た。  4時間ぐらい寝たのだろうか?  もの凄く体が楽だった。

 「第3ポストに行け!」と小隊長に言われて、月明かりに照らされた道なき道を有線電話の細い線に沿って歩いた。  明るかった。  まるで月が冷たい太陽みたいに明るく感じた。
 64式自動小銃を担いで歩いている姿の影ができる。  そんな姿を見ながら、少しずつ発電機の音が遠くなる。

 なにも考えない。  久しぶりに感じた『無』の境地。  しかし足取りは重かった。  僕の心の中は『無』と言うよりも『空っぽ』と言ったほうが正解かも。


 第3ポストに着いたら先輩陸士が小銃を構えて警戒していました。  「○○士長! 本多2士です。 交代に来ました。」  「…?」  「○○士長??」  寝てるし!
 なかなか上手いカモフラージュにまんまと騙された。  普段なら「寝てたでしょ?♪」と軽くツッコミ入れて笑うけど…  超ブルーな今の僕では無理。  「おはようございます○○士長!」って凄く言いたかったけど、「ご苦労様です。」と日常的な挨拶で起こして交代した。

 有線電話機のハンドルを回して全ポストの呼び鈴を鳴らす。(夜間なので赤い豆球が点滅するだけ)
「CP… こちら第3ポスト。  ○○士長から本多2士に交代しました。」
「第3ポスト… こちらCP、了解。」

 CPって何の略なのか未だに分からないけど…  『なんでも報告』が自衛隊の鉄則。


 少し小高い土手の上に小さな穴が掘ってあるだけの第3ポスト。  眼下には車1台が通過できるほどの細い道がある。  この道を移動する人や車両を警戒するだけの任務だ。
だいぶ寝たから頭も冴えている。  夜が明けてミサイルを数発撃てば演習が終わる段取り。  あと数時間で演習が終わる。  演習が終わっても僕の演習は終わらないだろう。  駐屯地に帰ったら江藤も居るし…。  この先は演習以上に面倒だなぁ。

 いろいろ事情聴取を受けたり…  謝りたくもない江藤に詫びなければならないだろうし…  江藤のクルーは1名欠けた事によって大変だったから、江藤のクルーの人達からも非難轟々だろうなぁ。


 だんだん嫌になってきた。

 今までツライ事ばかりだったけど、辞めたいとは一度も思わなかったのに…
初めて辞めたいと思った。

 一人ぼっちで64式自動小銃を抱えて穴の中で警戒していて、一秒一秒その思いは強くなった。  


 午後23時。  最初の定時連絡、「CP… こちら第3ポスト。 定時連絡、異常なし。 演習が終わって帰ったら辞めます。」  「第3ポスト?? 本多?? 何言ってんだぁ??」
と… 思わず言いたくなったけど、極普通に『異常なし』と報告。


 こんな夜中に敵兵はやって来ないよ。  何もかもがナンセンスなんだよ。  
仮に敵のゲリラが存在していたら、こんな穴だけのトーチカはロケットランチャー1発で吹っ飛ばされてる。  もしくは後から首を切られて突破されてる。  だいたい有線電話事態があり得ない!!  第二次世界大戦から進歩してないよ。
 くだらん!  絶対辞めたるっ!!

 そんなふうに覚悟を決めたらスッゲー楽しくなってきた。  中隊長室で散々事情聴取される前に辞表出してやる♪  駐屯地で江藤に会ったら挨拶代わりに殴ってやる♪  
 やっと明日が見えてきた(^-^)  自衛隊を辞めてクリーニング屋をやったほうがイイに決まってる。  どんなに頑張っても給料が同じの公務員よりも、頑張れば頑張っただけ自分のモノになる自営業のほうが僕には向いている。

 演習から帰ったら速攻で辞表を書くぞ!!
by606