入隊するまでの事
 就職先から『合格通知』(採用通知)が届いて凹む仕事も珍しい気がします。

 バイト先では『自衛隊』というのが結構ウケが良くて、文通をしてくれるという女性も現れて…嬉しい限り。 あの頃は携帯電話はおろかポケベルすら無かった時代。 「どうせ長くは続かないだろう」と思った文通でしたが、この文通が自衛隊生活の4年間で恐ろしいほどの『力』になろうとは… 18歳の冬には考えもつかなかった。

 進路が決まってからは、高校へは単位を得る程度に通って、バイトに専念しました。 これまでは夕方から閉店まで働くパターンでしたが… 昼から閉店まで働いたりする事も可能だったので頑張りました。
頑張り過ぎて、高校の卒業式も忘れてバイトに行き… 担任にド叱れたのも懐かしい。
たった数ヶ月しか働いてないのに、店長が『さよならパーティー』を開いてくれたのも懐かしい。 楽しい高校生活だったなぁ〜♪

 高校を卒業してバイトで貯めた金を使って北海道へ一人旅に出ました。 寝台列車と、今は懐かしい青森から北海道を結ぶ青函連絡船に揺られての2泊3日で自由気ままな旅行でした。
 正直… このまま北海道に逃げようかと思いました。 日に日に『自衛隊なんか行きたくない!』と言う気持ちが強くなってた時。 そんな時にふと思うのは『僕なんかが勤まる所なのか?』『窮屈な生活はゴメンだ!』という葛藤。 
 自由気ままな旅行だったけど、暗い未来を背負っての旅行だったなぁ〜。
普通の卒業旅行ならもっと夢のある楽しい旅行だったのかも知れない。 

 北海道旅行から帰ってからは、部屋の片付けをしました。
入隊試験までは頻繁に来ていた自衛隊の人も召集令状が届いてからは全然来なくなった。 そんなもんです。 

 4月1日が豊川駐屯地に入隊する日。 間近に迫ってきてます。
『準備するもの:運動靴』ただそれだけ。 その他は支給されるそうだ。 後はいろいろ買う為の現金を持ってくれば良いという案内。 なんともシンプルな感じが僕は好きでした。 
 運動靴っていう響きも懐かしいけど… 運動靴を買いに行って思った事は「どれが運動靴なの?」という事。 どの靴を買ったら良いのか分からない。 考えてみたら今日の今まで母親が何から何まで準備してくれていたという事を、恥ずかしながら気がついた。 
 店員さんに「運動靴ください」と言ったら「いくらぐらいのが良いですか?」と質問されても、今履いてる靴の値段さえ知らない僕は困ってしまった。 とりあえず3000円ぐらいの真っ白の運動靴を買った記憶があります。 かなり大きなサイズでした。

 入隊前夜… 飼ってた犬と長々と散歩しました。 頭の中は真っ白だった。 何を考えても『不安』に行き着くだけだったので、何も考えたくはありませんでした。 呟く言葉は「俺がいったい何か悪い事でもしたのか?」ばかり。 明日、刑務所に入る人と同じ心境なのかな?

 翌朝、自衛隊から迎えの乗用車が来ました。 既に3人乗ってます。 高校の親友も夢のない顔をして乗ってました。 運動靴と現金だけで良いはずなのに、無理矢理に薬とか菓子とか持たされて皆よりも荷物が多いです。 両親は久しぶりに会う自衛隊さんに「宜しくお願いします!」を連発してる。 母親に関しては見た事もないような真面目な顔で何度も何度も深く頭を下げている。  小さい頃から優しさいっぱいで面倒をみてくれた祖母に至っては、孫が戦争にでも行くかの如く狼狽して泣いている。 他の3人が見てる手前… 「じゃあね!」とクールにしか言えなかったけど… 本当は「今までありがとね!」と言いたかったし…違う意味で、僕も泣きたかったです。

by606