165 自衛官四方山話 其の五

 Q
 『嫌だった仕事は?』


 A

 ズバリ雨の演習が嫌でした。  雨が降ってなくても大変なのに…  小雨でも降ろうものならモチベーションは急降下。  黙って『時』が過ぎてくれるのを待つだけでした。


 雨の演習は夏なら涼しくて好都合のように思われがちですが、湿度が急上昇して蒸し暑さで参ってしまいます。  戦闘雨具(合羽)を強制的に着せられても、あの頃の合羽は雨水を弾くのは最初のうちだけで、すぐに弾くどころか吸収して蒸し暑さ倍増でした。

 更に厄介なのが半長靴!  安全上、ゴム長靴が履けないので、一度雨水が浸入してしまうと、演習が終わるまでグジュグジュの半長靴のまま過ごさなければなりません。  途中で晴れようものなら、戦闘服は乾くけど半長靴の中はサウナ風呂状態。  演習が終わって半長靴を脱ごうとしても足がパンパンに膨れ上がっていて脱ぐのが一苦労。  スッゲー臭いし!  (見た事はないけど)足だけ水死体でした。

 雨降りは落下・感電・スリップなどの訓練事故も起きやすく、なにかと本当に大変でしたよ。  天気は選べないもん。  雨天延期なんて有りえないし!  本当に嫌でした。  胃が痛くなるぐらい嫌だったなぁ。  それは僕だけじゃなかったはず。  でも雨の演習を頑張って、良い結果を残せば、幹部の点数に繋がるので、三等陸尉以上中隊長以下は雨を『絶好の状況』と喜んでいたのを覚えています。



 他にも嫌だった仕事はたくさんありました。
 
 糧食班勤務の時は、毎月一回『菌検査』と称した検便を衛生隊の施設で受けさせられます。  学生時代の検便みたいに、自分でセロハンを押し付けて提出するのではなく…  衛生隊の隊員にガラスの棒を奥深く入れられて培養されるという戦前の方法。  これも仕事だと割り切って受けたけど、憂鬱な検査でした。

 「口を開ければ肛門が開くから、口を大きく開けなさい!」と、衛生隊の隊員に怒鳴られた声が今でも耳に残ります。



 それから駐屯地の浄化槽の清掃係りが回ってきた時。  大きな汚水処理施設のフィルターを掃除するという仕事。  これは何日かに1回の作業だったので、一度しかやって事はありませんが…  作業をしてから一週間は食欲がありませんでした。
 恐ろしいほど汚いモノが恐ろしいほど浮いたり沈んだりしている大きな浄化槽の中にデッキブラシを入れてフィルターの詰まりを取り除くのですもの。  臭い空気で吐きそうになったよ。  ちゃんと監視されていたので、掃除した事にして帰る事もできなかった。  終わったら点検もされるし。

 なんだか汚い事ばっかりだなぁ。



 あと…  意味のない『居室コンテスト』というのが毎年ありました。
 ただ単に、自分達の居室をチューニングして駐屯地指令から評価を受けるという、実にくだらないコンテスト。
 居室のベッドを並べ変えるだけでなく、無機質な居室を和室に変化させたり社長室みたい豪華にしたり…  僕的には時間の無駄と労力の無駄使い。  暇つぶしでもしたくないコンテストでしたね。

 駐屯地指令が回る居室の数は60近くあったので、1つの居室を見る時間は僅かなもの。  「ご苦労さん!」と言ってドアを開けてチラっと見ただけで隣の居室に移動。  やり甲斐の全くない仕事でした。  仕事というよりは遊びでしたわ。



 いろいろと嫌な仕事はありましたが、やっぱり理不尽な仕事が大嫌いだったかな。
 威張った中堅陸曹からの個人的な仕事。  課業中課業時間外を問わず私用を言いつけられる事。

 「荷物が届いてるから警衛所まで行って取って来てくれや!」  軽い荷物なら別に良いけど、リアカー引っ張って行かなきゃならない場合が多いのが自衛隊でして…  それはそれは腹が立った。

 「洗濯機使わせてやるで脱水しといてくれ!」 と言われて横着をする。

 「外出したらコレ買って来てくれや!」 と、いろいろ書いたメモを渡される。  自分で買いに行けや!
そんな仕事もありました。

 理不尽な仕事というのは非常に多くて、それがストレスになり、それが喧嘩に繋がり…  あの頃中途退職をする理由では一番多かったのではないかな?



 嫌な仕事…  どんな事も仕事だけど、上から下に伝えられる仕事って言うのが僕は一番嫌いでしたね。


 次回は『自衛官の出会い系』についてお答えします。
by606