164 自衛官四方山話 其の四

 Q
 『休み(休日)は何をして過ごしてたの? 連休は取れるの?』


 A
 新隊員教育期間前期課程の三ヶ月間、日曜日なんて有って無いようなものでしたね。  最初の外出なんて駐屯地から馬鹿が一斉に放たれたようで…自分でも笑えた♪  着慣れない自衛隊の制服で豊川市内を彷徨う♪
 柵の中では金のシャチホコの部隊章がお気に入りだったけど、柵の外では中学生にもナメられそうなワッペン。  町行く人達の目は結構キツかったなぁ。  だから日曜日はあまり外出はしなかったです。  『外出届』を書くのも面倒だったし!  いちいち何所其処行くまで書けるかっ!つーの!!

 のんびり居室で過ごす引きこもりみたいに前期教育期間は過ごしていました。


 新隊員教育期間後期課程の三ヶ月間も似た感じ。  制服での外出は免除されたけど…戦闘服とジャージで過ごす習慣がついた身に、私服を選ぶセンスは無く、いちいち私服に着替えて外出をする気になれなかった。  たまに姫路に買い物に出れば、ダサイ服装で自衛官だと見破られて怪しい呼び込みに声をかけられる。  日本赤十字社の方には「自衛隊さんでしょ!? 400抜きましょう!!」と献血を勧められるし…  いろんな宗教絡みのアンケートに協力を頼まれちゃう。  
 坊主頭でPOPEYEとかHOT DOGとかの男性誌をマネても全然ムリだし!

 神戸のtaka-Qでは呆気なく自衛官だと見破られて勝手に似合う服を揃えられて20万以上請求された。  高い勉強だったなぁ。
そんな事もあったので、高校を卒業して半年ぐらいは映画を観に行く程度で、滅多に外出はしませんでした。  外出しないで何をやっていたのかは…  明日から(月曜日から)の準備。  戦闘服にアイロンをかけたり、半長靴を磨いたり、溜まった洗濯物を洗ったり。  日曜日でも朝昼晩の飯は約束されていたから楽でした。  

 面倒な事は午前中に終わらせて、午後からはテレビを見たり、寝たり、外出してない隊員とお喋りしたり…  お金を使わない教育期間だったから、半年で信じられないくらい貯金ができた。



 中隊に配属されてからは土曜日の午後から泊まりでの外出ができるようになりました。  しかし車もバイクも持ってない頃はバスや電車で行ける所は決まった所でして…  姫路か神戸ぐらいにしか出れなかった。

 姫路は駅前のアーケード街と姫路城までのメインストリートだけで半日過ごせました。  映画観て、CD買って、献血して、ゲーセンで暗くなるまで遊んで王将で晩飯食って帰る。

 滅多に行かなかった神戸では、土曜の夜は意味も無く彷徨い、意味も無くカプセルホテルに泊まって、翌朝適当に帰る。  目的地も目的も無かったし、何所で何を食べるのかにも困ったから、さっさと帰って駐屯地で気楽に飯を食った。

 神戸に行くようになった頃は、とにかく一人になりたくてたまらなかった時代。  陸士長になった頃だったと思う。  上官と部下の狭間という立場もあったけど…  集団生活からの逃避行を覚えた頃でしたね。  映画を観続けていた事以外はあまり思い出が無い。


 中型二輪の免許を取得してからは世界が広がった。  同じ中隊のバイク仲間や、他中隊のバイク好きと一緒にツーリングを楽しんだり、平日の夜でもバイクに乗って旨いラーメン屋探しをして楽しんだ。
 中隊には内緒で駐屯地近くの民家にAE86を置かせてもらって、夜な夜な六甲に行ったのも退職一年前の血気盛んな頃。
 

 隊員それぞれで休日の過ごし方は違う。  一日中寝ている隊員も居れば、休日なのに朝から駐屯地内をジョギングしてる隊員も居る。  僕が居た青野ヶ原駐屯地は、町に出るには神姫バスしか手段が無かったので、車かバイクが無ければ自由に身動きできなかった。  出不精になるからお金を貯めるには最適な環境だったのかも知れない。  でも18〜22歳までの青春時代を引きこもりで過ごしたくはなかったので、いろんな意味でストレスが溜まる駐屯地ではありました。


 連休は年末年始と盆休みがありました。  どちらも休暇者半分、居残り半分で駐屯地が空っぽにならないように前半後半に分けて休暇を得てました。  だいたい4〜5日間の連休。  新幹線や近鉄特急で往復してましたよ。  一度だけ先輩陸士の車で名古屋ぐらいまで一緒に帰った事がありましたが、渋滞やら仮眠やらでスッゲー時間がかかったので嫌になった事があった。


 飛び石連休は代休(日曜・祝日勤務の代休)を真ん中に入れて3連休にしたり、雨の日は平日に代休を使って休みにしちゃったり…  自衛隊とは言え公務員ですから、『有給休暇』に関しては一生懸命でしたよ。


 休日を満喫できるようになったのは入隊して8ヵ月後ぐらいからだったかな?  中隊に入っても、いつでも自由に外出できたワケではありませんでした。  日曜・祝日でも何%かは駐屯地に残っていないと、いざという時に「今日は休みなので誰も居ません。」なんて言えないしね♪


 今思えば無駄に日曜日を過ごしていたなぁ(>。<)
 土曜日の夜に飲みに行くような事も無かったし…  外出しても居酒屋とかに行く習慣も無かった。  とにかく日曜日は一人になりたかっただけ。  駐屯地内には中隊内はもちろん、他中隊にも大勢友達は居たけど、誰かと一緒に外出する事はまず無かった。  『一人になりたい』  『自由が欲しい』  ただそれだけの気持ちで『日曜日』と『ストレス』を消化していた。  そんな隊員は今現在でも多いのでは?


 次回は『嫌だった仕事は?』という質問にお答えします。
by606