120 演習の思い出 其の五
 
 【エピソードC】 装甲車横転 (後編)

 道路なのか川なのか区別つかないまま右折。  装甲車の部分が道路に出てアクセルをゆっくり踏み込んで泥水に向かって坂道を上り始めた。  普通に演習場を出たつもり。

 「やっと帰れる♪」

 そう思った時に装甲車が左に流れ始めた!  ハンドルを右に切ってもアクセル踏んでも引っ張られる!

 「うわぁっ!」 と叫びながら装甲車が左側の側溝に落ちて、そのまま90度左に横転。
 僕や64式小銃は水畑3尉の上に落ちました。  大地震かと思ったけど、状況はすぐに分かった。


 「痛ててててて! 退けや本多ぁ!」  「なにやっとんじゃボケェ!」と罵声を浴びせられたけど…  身動きできない。  横だった運転席と助手席が縦になったらスッゲー狭い空間だ。  同じ体積なのに…  重力だって何倍も違って感じる。


 とにかく外に出なきゃ!
 車内の掴めるところや足がかかるところを使ってよじ登る。  また落ちたら水畑3尉に殴られそう!  しかし手も足も雨と泥でツルツル滑って3回ほどトップロープから水畑3尉にギロチンドロップを浴びせた。


 装甲車のドアって左右に開けるにも重いのに、これを真上に開けるのは半端じゃない力が必要でした。  僕…  開けれなかったもん。
 誰かが開けて僕を引っ張り上げてくれた。
 水畑3尉はブリブリ言いながら引っ張り出された。  


 外に出て見たら装甲車は見事に横転。  牽引していた発射機は側溝に45度傾き、上を向いて落ちていた。


 真後ろで見ていた隊員が言うには、「道に出た瞬間に後ろの発射機が左側溝に落ち始めた。 そのまま装甲車がねじれるように横転した。」と…。
 つまり牽引していた発射機から側溝に落ちて、腕相撲の如く発射機が倒れたという事。


 とりあえず僕も水畑3尉もケガは小さかったので良かったけど、水畑3尉は保身の如く言い訳を叫び続けていました。  僕は黙って聞いてたけど…  幹部なんてこんなもんだね。  陸士なんて死人に口なし!みたいなもの。  幹部vs陸曹だったら激しい喧嘩になっていた事でしょう。  中堅陸曹だったら逆に幹部が黙る気がする。  妙な縦社会なのが自衛隊。


 結局、僕の装甲車が横転したので全車左折して駐屯地に戻って行きました。  僕は雨に打たれながら他の幹部から責め続けられた。


 暫くして自衛隊のレッカー車がやって来て、必死に引っ張り上げたけど滑るだけ。  装甲車がキズだらけになるだけ。  メキメキバキバキ壊れる音が発するたびに万札が飛んでいく。

 「こりゃあ雨が止んで地面が乾いてからじゃないと動かせないなぁ。」と中隊長がポツリ。


 「すみませんでした。」 「すみませんでした。」と謝るしか術がなかった20歳。

 仕方なく荷物を中隊長車(ジープ)に積んで、水畑3尉と数人で駐屯地に向かいました。  そんな道中も水畑3尉からは「内輪差とか外輪差とか全然考えてないんだよコイツは!」などと散々言われたけど…どうせ散々責任を追求されて追い出されるのがオチだと思ったので、自衛隊を辞める覚悟をしていたので水畑3尉の保身の叫びはなんとも思わなかったです。


 駐屯地に帰って凹みながら片づけをしたのを覚えています。  江藤がめちゃめちゃ元気だった。  妙なテンションで慰めに来たし…。


 翌日の午後、レッカー車数台で引き上げられて戻ってきた装甲車。  なんとか自走できたみたい。  左側は激しくキズついてました。  その装甲車を見てスッゲー涙が出た。  自分の車じゃないけど自分の車みたいに悲しくて涙が出ました。  泣いてる横で車両班の陸曹が「凹んだ部分を叩き出して、割れた部分を交換して塗装すりゃ直るで気にすなや!」と肩を叩いてくれて… また涙が。  早く直ってほしかったけど、請求書が怖かった。


 まぁ演習中に事故が起きれば中隊長はもちろん、副中隊長以下もなにかしらの責任を追及されるものでして…  下手すりゃ駐屯地指令にも責任が及ぶ。  あたしゃ駐屯地最強の汚れだよ。  早く辞めたいなぁ。


 そのうち僕もなんらかの罰を受けるものだと思って、いつ呼び出されるのかと怯えながら生活していたけど、中隊長も他の幹部も以前と同じように接してくれた。  外出禁止令は?  派手に壊した請求書は??
 どうやら静かに処理されちゃったみたい。  何事も無かったかのように日々が過ぎた。

 そして装甲車横転事故は忘れられてしまった。

 税金パワー!  これが自衛隊。
by606