108 大型免許取得 其の七

 【実技教習 A】

 車の乗り降りから発進するまでの手順を楽しく学んだ直後の洗礼。  他の教習車もロデオマシーンになっている。  同じように急ブレーキを踏まれてフロントガラスで頭打ったり、ハンドルで胸を打つ。  中にはヘルメットを握られて、耳の真横で怒鳴られている隊員も!  

 「誰だって最初は下手くそだろう!」
 「どうして普通に教えられないの?」  まるで中学の部活で先輩が後輩にシゴキを兼ねて教えてるみたいだった。


 休憩は1時間に1回、10分ぐらいあります。  その間にトイレに行ったりタバコを吸ったり…  ヘルメットを脱いで座って寛ぎます。
 休憩時間になると当番制で班長6人にコーヒーや紅茶を作って出すという、今思えば「勝手に作って飲め!」と言いたくなる儀式がありました。
 1班の班長はブラック  2班の班長は砂糖なしでミルク小さじ一杯  3班の班長は紅茶、などという感じでコーヒーの濃さから砂糖の量、ミルクの量、熱さ加減まで細かく記された紙を見ながら丁寧に作らされました。
味が気に入らないと目の前でドブに捨てられる始末。  飲みたくないのに作らせて、一口飲んでワザと捨てられるだけの時もあります。  もちろん休憩時間のうちに食器も当番が洗って片付けるので、休憩時間がないまま実技教習が再開されるのです。


 3人のうち一人が実技教習を受けている間、残った二人は休憩時間ではありません。
教習所の補修整備という肉体労働を強いられました。  主に草むしり。  草むしりなんて重労働か?と思われがちですが…  全く手を休める事ができず、もちろんお喋りもできない。
 またある時は外壁のブロック塀の補修やら、ドブ掃除、砂を運んだり土を掘ったり…  4時間弱のうち1時間ぐらいが一人の教習時間なので、3時間ぐらいは、なんらかの作業をさせられてました。


 なんらかの作業をしてる間に教習を受けてる隊員が教官に怒叱られている姿を見るワケですが…  重労働をしながらそんな光景を見ると、なんとなく(入った事はないけど)刑務所を想像した。  半端じゃない罵声。  半端じゃない暴力。
 
 一番多い暴力はクラッチを踏む左足への蹴り。  半長靴(安全靴)での蹴りは軽く蹴られただけでも痛いです。  それを怒りに任せて思いっきり蹴られたらアザになる。  つま先が関節に入れば歩けないぐらいでした。
 教官の右足がわき腹に入る事もありましたね。  一番多かったのが、「降りろっ!」と怒鳴られて、ドアを開けた瞬間に左わき腹を蹴られて、運転席から落とされるパターン。


 正直、自分が乗る順番がくるのが怖かった。

 
 3.5t装甲車で普通車が練習するS字やクランクを通過するのは本当に難しかった記憶があります。
 特にクランク!  ハンドルを目一杯切ったり戻したりするだけでも大変なのに、教習車の車両感覚(特に左前輪の位置)を覚えないと縁石に乗り上げる事必至。  自分が運転席に座った時に、左前輪がどの位置にあるのかを覚えるのが非常に難しかったです。  
 最初に左前輪から前に白いロープを引いて、運転席周りの何処に白いロープがあるのか…  それが左前輪の位置。  こうやって大型車の車両感覚を覚え、内輪差と外輪差も覚えて見事クランクを通過できる。

 こんな大きな車で、あんな細くて直角に曲がった道を通過できるワケがない!と思っていましたが、縁石ギリギリで上手く通過できるようになりました。  何度も何度もタイミングを外して縁石に乗り上げたり…  乗り上げたらバックに入れてコースに復帰しなければならないけど、もうパニックになって身動きできなくなったり…

 「こんなクランクがなんで曲がれんのや!」と、もの凄いスピードでクランクを通過して見せる教官。  怒りとストレスは計り知れないほどだったろうなぁ。


 一日の教習が終わって終礼が済むと、対話帳なるモノを教官に提出しなければなりませんでした。
 この対話帳は教官との交換日記みたいなモノで、今で言うメール交換みたいなもの。  今日の反省点や思った事や感じた事など言葉で直接伝え難い事を書いて提出します。  
 ある日、実技教習中に一度も怒られずに気持ちよく1時間が終わった事あありました。  しかも中盤以降、助手席の教官はスヤスヤ寝てしまったほど!  その時の気持ちを素直に対話帳に書いて提出した。

 確か…  「今まで運転するのが怖くて嫌だったけど、今日はなぜか楽しく気持ちよく1時間の実技教習ができました。 たった一時間だったけど運転が上手くなった気がします。 また明日から頑張って実技教習に励みます。」 と書いた覚えがあります。

 その返事たるや想像を絶するものだった。
by606